池井戸潤さんの作品、「鉄の骨」。
僕は、「空飛ぶタイヤ」「果つる底なき」と読みすすめ、3作目に本作品を手に取りました。
ゼネコン・建築業界の談合は必要悪なのかという題材を池井戸潤さんの巧みなストーリー展開で進めていく話です。
あらすじは、工事現場で働く3年目の若者が主人公で、その若者が工事を取ってくる営業部門(業務課)に異動になるところからはじまります。
工事することが楽しい!高品質の建物を建てることにひたすらまっすぐで、純粋な若者が、何もわからずに営業の世界へ行く。
そこで目にしたものは、公共工事の受注に関する予定調和・談合という八百長でした。主人公の彼女は銀行員で、銀行という融資の立場から主人公に間違った方向に行かないように助言していきます。
組織の体質に染まっていく主人公は、権力に負けずに自分の意見を通すのか、権力に屈するのか、とサラリーマンに勇気を与えてくれる作品でもあります。
公共工事の入札制度を考える
国や区役所からの公共工事は、建物から道路、鉄道、橋、ダムなど様々あると思います。あの工事の発注先には入札という制度が採用されているそうです。
一般企業であれば、ある一社を得意先にして頼ることもあると思いますが、国や区役所の立場の場合、建築業界の健全な発展を目指すためにフェアに発注先を決める必要があります。国が一社をひいきにするのは問題ありますね。
また、工事の契約金を落札で決めることにより、客観的な公正価格の範囲で低コストで受注することができるのだと思います。
たとえば、国が10億円の工事を20億円でお願いしたとしたら10億円は裏金につかわれてしまうため、国も身の潔白を証明できることになるため納得できます。また、八百屋で売られてる野菜やくだものであれば、このスーパーは高い!安い!などの適正価格はわかりますが、鉄道や橋などの工事となるとこの代金は高すぎる!普通だ!など客観的に判断しきれないため、最も有利になる条件で落札できるオークション形式が最適なのだおもいます。
しかし、企業側の立場になると捉え方は変わります。
国などの工事となれば、膨大な契約金になります。超大型の受注となれば、会社の経営に直結します。
その公共工事を落札できれば、手付金だけでも請負金額の何割が入るため膨大でしょう。
そのため、経営が傾いてる会社は目先のお金を目当てに原価にほぼ近い・利益をほぼ乗せずに、無理やりでも落札したいと思います。
落札競争となれば、そんなきわどい会社が落札して、工事が完成する前に体力がつきて倒産してしまうなどのリスクも出てきます。
さらに落札制度の場合、経営計画上も入札できるかわからないので、人材などリソースの配分が難しいでしょう。たくさんの下請会社との連携も不可欠です。
談合
そこで、落札に参加するゼネコンたちが相談しあって、誰がいくらで入札できるか談合できめてしまうということが、建築業界的にも、公共機関のためにも良いのではないかということで、談合が行われ、それが普通になってしまいました。
談合といえば八百長問題がスポーツ業界でも話題かと思います。
どうも日本の企業は、延命措置というか、自分の体調不良を隠す傾向があるのではないでしょうか。助け合う文化はすばらしい一方で、傷の舐めあいというか、争いは避けたがる傾向があると思います。
そんな保守的な考えが、落札という価格争いよりも、談合という話し合いで決めたいのだと思います。
なぜ、もともと落札制度なのかと考えたら、談合は本来の趣旨から外れる「悪」ですが、ゼネコン業界でお互いに生き抜くためには「必要悪」として通すしかないのか!?というのがこの作品の投げかけてくる議題なのかとおもいます。
メーカーや飲食店など普通の一般企業なら、経営力があるものが生き残り、ないものは撤退という弱肉強食の世界です。そのかわりにより便利なものや高品質なものが誕生していき社会が発展するのだとおもいます。
しかし、ゼネコン業界の公共工事については本来あるべき競争を談合で回避して、業界の健全な競争ができていません。スポーツの大会で八百長があっては日本人選手が切磋琢磨して成長し続けるのが難しくなるように、闘志がそがれてしまいます。
工事は、建物にしても、トンネルにしても橋にしても、命に係わるものなので、利用者側であれば、しっかり安心できる水準で作ってもらいたいですね。
現場の人と、本社では工事に対する見方が違います。
現場というのはいかにお客さんに喜んでもらえるかという本質の部分に集中しますが、本社というのはどうしても売上や利益などのお金の部分に目が行きがちで本質を見失いがちになることが往々にしてあります。
そういった本社と現場のズレからプレッシャーによる不正への動機付けがされてしまうなどの問題にも発展していくと思います。(今回の作品とは少し話がずれました)
今回の場合は、当時のゼネコン業界の「姿勢・正当化」がキーになってるのかと思います。「必要悪」と考えてる時点で自らの行動を「正当化」してしまっています。
監査で不正が起こりやすい環境は、「動機・プレッシャー」「機会」「姿勢・正当化」の目線でみますが、この作品はまさにこの3つが当てはまりフィクション作品と呼んでいても現実味があります。
感想
650ページもある長編作品ですが、主人公の生き様が仕事面・精神面・家庭(プライベート)面それぞれで展開していき入り込めます。
談合という一点だけではなく、恋愛・人間関係などを含めて幅広い要素がいっぺんに加速していくのでまったく飽きません。主人公がベテランではなく若手のため、読者に合わせたように上司などの説明や解説があり、わかりやすいです。
ラストシーンでは今までの布石を急加速で回収するような展開でした。
読み終わった後の答え合わせというか、個々の登場人物の本音やその後の部分を想像して、話し合いたいような気分になりました。
主人公と彼女以外は心理状況のような描写がないところが想像力が引き立ち、今後展開から目が離せない点でした。